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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)4140号 判決

原告 企業組合真田屋呉服店

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 今井文雄 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金四、八八二、九五九円およびこれに対する昭和三一年四月一日から右支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のように陳述した。

第一、原告は各種衣料品等の販売を業とする企業組合であるが、訴外工藤正城、同小佐々辰男を通じ、西宮市上大市一丁目一一一番地甲東園宿舎内にある近畿地方生活必需品販売部(以下単に販売部と称する)に対し、昭和三〇年九月一八日頃から同年一二月三〇日頃までの間に末尾添付の別表一(売渡表)記載のとおり、衣類品、調味料等を代金合計二九二、四〇〇円、着荷後六〇日払の約で売渡したところ、販売部は別表二(内払表)記載のとおり合計金一、三六六、四〇〇円を支払つたのみで、原告において値引した別表三(値引表)記載の合計金四三、〇〇一円を差引いた残額金四、八八二、九五九円の支払をなさない。

第二、右販売部は日本電信電話公社の地方機関たる近畿電気通信局(以下近畿電通局と称する)がその職員の福利厚生に関する事務として経営していたものである。

一、被告会社は

(イ)  その職員の厚生福利及び昭和三〇年度事業運営実施方針に基き生活合理化の一助として、集会所並びに生活物資販売所を施設する。

(ロ)  施設の管理は近畿電通局において行い、運営は別に定める要領に基き部外者に委嘱し、その独立採算制とする。

との方針を立て、前記甲東園職員宿舎敷地内に集会所の建物を建設し、その階下を販売所に当て生活物資販売を目的とする設備をなし、その運営につき近畿電通局長と工藤正城との間に右方針に基く昭和三〇年一一月一日付「甲東園職員集会所施設請負契約等」と題する左記内容を記載した契約書を取交した。

(一) 請負業務 集会所の運営及び生活物資販売所の運営業務

(二) 場所 四宮市上大市一丁目一一一番地甲東園職員宿舎敷地内

木造瓦葺二階建甲東園職員集会所一棟 建坪四五坪二合一勺

内訳 生活物資販売所 一九坪二九

職員集会所 二二坪四二

廊下便所其の他共用部分 三坪五

(三) 請負金額 無償

(四) 請負業務の内容(第一条)

工藤は左に掲げる業務を行うものとする

(1)  集会所の運営に関すること

(2)  生活物資販売所の運営に関すること

(3)  右に附帯する事項

前項に掲げる業務の細部についてはすべて近畿電通局長の定める運営方針及びその指示に基き忠実に実施するものとす

(五) 販売料金(第四条) 生活物資の販売料金等は近畿電通局長の指示又は承認を受けなければならない。

(六) 運営状況報告(第一〇条)

工藤は毎月一〇日までに前月分の運営状況を近畿電通局長に報告するものとする。

(七) 監督(第一一条)

近畿電通局長は随時その運営状況について工藤より報告を微し又は職員をして調査を行わしめることができる等。

二、販売所運営業務は前記のとおり、近畿電通局長から工藤に委嘱されたのであるが、前記契約書にいう請負は民法六三二条以下に規定する固有の意味における請負契約を意味するものではなく、その内容は委任契約であつて、販売所の経営主体は依然として被告公社である。かりに右契約が委託契約でないとしても、委任契約と請負契約とが不可分に混合した一種特別の契約であり、それに含まれる典型契約に関する規定全部が適用されるのであつて、右委任又は混合契約には必然的に代理を伴はざるを得ないと解すべきである。しかも本件の場合は、委任と解しても、販売所運営につき委任者たる近畿電通局長の指揮命令の権能が多く、受任者が従属的関係に立つ雇傭の色彩が強い。かくの如く、被告公社は販売所における厚生業務の執行の手段として、工藤に代理権を附与したのであり、同人は近畿電通局長の承認を得て小佐々辰男を使用人に選任したのであるから、同人等はいずれも被告公社の代理人である。

三、被告公社が販売所の経営主体であると言うことは次の諸事実により更に明らかである。

(1)  工藤は現に「近畿地方生活必需品販売所」なる名義を用いて近畿電通局長に業務報告等を提出している。

(2)  原告が売却した本件物品は、いずれも、「電信電話公社近畿電気通信局近畿地方生活必需品販売所小佐々辰男」なる名義をもつて受領されている。

(3)  更に近畿電通局においては、工藤が販売所に「電信電話公社近畿電気通信局・近畿地方生活必需品販売部」と表示した看板を掲げている事実を知りながら、これを認容していた。

第三、仮に工藤、小佐々が本件商品の購入については被告公社を代理すべき権限を有していなかつたとしても、同人等は、前記のとおり、近畿電通局長より被告公社の業務に関する販売部の運営については委嘱を受け、或種の代理権を授与されていたことは事実であるから、原告において、工藤が本件取引行為についても亦被告公社を代理すべき権限を有するものと信ずるのは当然であり、かゝる場合に果して工藤に正当な代理権があるかどうかを被告公社につき調査することは難きを責むるもので、前記の諸事実は原告において工藤が右権限を有するものと信ずるにつき正当な理由があるものと謂はなければならない。また本件取引にかゝる約金四、八八〇、〇〇〇円相当の衣料品等の日用生活物資は、当時繊維製品等の値段が今日ほど下落していない折から近畿電気通信局の多数職員及びその家族のための供給には決して大量とはいえない。故に被告公社は民法一一〇条により工藤のなした本件取引につき責任を負うべきである。

第四、仮りに右主張が理由なしとするも、工藤が被告名を冠した前記看板を販売所に掲げているのを被告公社に於て認容していた事実は、一面原告を含む第三者に対し、他人(本件の場合工藤ら)に代理権を与えた旨を表示した場合に該当するから、被告は民法一〇九条により工藤のなした本件取引について責任を負はなければならない。又他面被告公社は工藤に対し自己の名称を使用して営業をなすことを許諾したものと謂うべきであるから、被告は商法二三条により、工藤と連帯して弁済の責任がある。

第五、そこで、原告は被告に対し前記売掛代金四、八八二、九五九円とこれに対する履行期後である昭和三一年四月一日から右支払ずみに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第六、仮りに以上の主張が認められないとすれば、工藤らは販売部主任たる地位を利用し、被告公社が購入するものと詐つて原告より本件商品を騙取し、原告に前記金額相当の損害を蒙らしめたと謂うべきであり、被告公社近畿電気局はその職員の厚生事務のため工藤、小佐々を使用していたものであつて、同人らが原告に加えた前記損害は、被告公社の右事業の執行につき蒙らしめたものにほかならない。故に被告公社は民法七一五条により原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。よつて原告は被告に対し工藤らの不法行為を理由に前記金額と同額の損害金の支払を求める。

以上の如く述べ、被告の主張に対し、

一、被告公社は被告主張の目的をもつて設立された公共企業体であるが、その業務に附属的なものであるにしても、私法的な立場において右集会所並に生活物資販売所を運営し、それ自体独立採算制をとり、日常生活物資の販売行為を反覆しこれを業としている面に着目するとき、商法五〇一条一項に該当する行為を反覆しこれを業としているものと解するを担当とするから、この限りにおいて商人性をみとむべきで、商人というべきである。而して商行為の受任者は委任の本旨に反しない範囲内において委任を受けない行為をすることができる。工藤が被告会社の生活物資販売所の運営について委託の本旨に適合せる事務(日常生活物資即衣料品等の販売など)を処理する以上、本件売買契約(衣料品等の購入)は委任の目的を遂行するに必要なものであるから従令工藤は右売買契約をなすに付特別の委任を受けざりしとするも同行為は其効力を本人たる被告公社に及ぼすべきものである。

二、被告公社は、販売所若くは販売部の名称は表示力なしと主張するけれども、工藤は「電信電話公社近畿電気通信局・近畿地方生活必需品販売所」及び「電信電話公社近畿電気通信局・近畿地方生活必需品販売部」という名称をもつて取引したものであり、被告公社はこれを承認しているところである。従つて本件の場合「所」及び「部」は通常それ自体被告公社の事実上の一部局を示す表示力ありと謂うべきである。前記事実と殊に被告公社職員のための日用生活物資の購入販売等の事務をとる目的で財団法人電気通信共済会なる名称の組繊が既に設けられているにおいては、右販売所及び販売部は被告公社の事実上の一部局と信ずるのは当然である。

と述べ、

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因第一の事実中、原告が主張の如き営業を営む企業組合であることは認める。原告が販売部に対して主張の如き取引の結果主張の如き残額債権を有することは不知

二、同第二の事実中、被告公社が原告主張の如き甲東園職員集会所運営方針を立て、原告主張の地内に生活物資販売所を設けたこと、被告公社電通局長と工藤正城との間に昭和三〇年一一月一日付をもつて原告主張の条項を含む甲東園職員集会所施設運営請負契約書が作成せられたことはいずれも認めるが、其の余は否認する。

三、同第三の事実中、被告公社が工藤に対し或種の代理権を与えていたとの事実は否認する。基の余は争う。

四、同第四の事実は否認する。

五、同第六の事実中工藤が原告に対し主張の如き損害を加えたとの事実は不知、工藤、小佐々が被告公社の使用人であるとの事実は否認する。其の余は争う。

と述べ、次の通り主張した。

第一、生活物資販売所開設の経違及び運営の実態

一、被告は昭和二九年度に西宮市上大市一丁目に公社職員のための鉄筋コンクリート造四階建の職員宿舎四棟(甲東園職員宿舎)を建設し、同年一一月二二日頃より漸次職員ならびにその家族を入居させた。ところで同宿舎附近一帯の地域は、日用品等の市価が比較的高額であつたため、入居した職員に安価に日用品類を供給し便宣をはかるため、これら物品類を低額に販売させる施設を開設する必要を感じていた。たまたま訴外工藤がこのような施設の運営を希望する申し入れがあり被告は同人の申出を容れ、昭和二九年一〇月初旬頃(いまだ施設の用にあてるべき売店、倉庫等の建物ができてないためとりあえず同人に完成間近の右宿舎の一室の使用を許した。そこで同人は宿舎構外の近在の市場内に販売所をもうけ、日用品、雑貨、食料品等の販売を始めた。その際被告が工藤を公社の職員に任じたり、同人をして被告公社近畿電気通信局生活必需品販売部又は近畿地方生活物資販売所の名義をもつて外部と取引し、または同名称を表示する看板を掲げることを許したりしたことはない。

二、昭和三〇年一月三〇日、工藤から前記宿舎敷地内に仮設建物をもうけたい旨の申し入れがあり、これを許可したが、ついで被告は同年八月五日、二階を部内職員の集会所にあて、階下で生活必需品の販売を行わせるために、同宿舎敷地内に木造二階建の建物一棟を建築した。同年一一月一日からは工藤に対し階下を前記目的の販売所の用に供するため、無償で使用することを許し、あわせて同建物全部の管理を委託した。その際このような建物の管理の委託ならびにその一部の無償の使用の許可の趣旨を明らかにするため、近畿電通局長と工藤との間に原告主張の甲東園職員集会所施設運営請負契約書を取り交わした。しかしながら、該契約に際しても、工藤は新たに被告所有の建物を無償で使用し、その建物内で販売をいとなむこととなつた外は販売所に関する被告と工藤間の法律上ならびに事実上の関係には変化はない。

三、その後被告は、昭和三一年三月二三日原告から、商品売掛代金の支払を求められ、調査の結果工藤による販売所の運営が不良であることを確認したので、約旨にもとずき同年六月末日限り前記契約を解除することとし、その旨同年四月二二日工藤に通知し、同人は同所における販売所を閉鎖して、建物を明け渡した。

第二、被告は工藤、小佐々に対し、いかなる代理権をも与えたことはない。

被告は、工藤らの運営する販売業務の細部にわたる万針について被告自らが決定し、その業務執行について指揮監督したことや、原告主張のごとき表示のある看仮を掲げることを許したりまして、その主張のような名義をもつて外部と取引することを許した事実はない。

被告が前記第一に記載の建物を建て、集会所ならびに販売所の運営について、運営の一般方針を定めたのは、被告所有の建物を職員の福利厚生にあてるための建物管理上の措置にしか過ぎず、また被告が工藤等より報告を徴し、または調査を行はせることができる余地を残したのも、建物の管理の適正をはかり、また、前記趣旨にもとずく職員の厚生施設に関する不良な運営を防止するために外ならない。従つて、これをもつて被告が工藤に対し物資の購入についての代理権、また、いかなる代理権をも与えたものということはできない。

第三、被告は工藤等に被告の設置した職員宿舎の敷地内において物品を販売することを約し、これについて所定の一般的な運営方針ならびに監督の措置を講じているからといつて、このような事実だけから、工藤らに代理権を与えた旨を表示したものということは到底いい得ない。

けだし、一般の官庁や公共企業体等において、職員の福利厚生のため日用品類の販売をさせるため、その庁舎や宿舎の一部を使用させていることはまれではないが、そのような販売所はそれ自体独立した外部の者の経営にかゝる場合も少くないのであつて、官庁や公共企業体そのものが経営の主体であるのか、別個の主体がこれを営むのか、後者の場合にどのような監督方法が講ぜられているかは、それぞれの実情によつて異るのであつて、単に庁舎又は宿舎内において販売所を開設し、これに対しある程度の運営方針や監督がなされているからといつて、直ちに被告のごとき公共企業体自身が直接これを経営していると速断することはできないからである。

なお、仮りに被告が工藤に対し、原告主張のように、「電信電話公社近畿電気通信局・近畿地方生活必需品販売部(または販売所)」なる被告公社名を冠した名称を使用することを許可していた事実があるとしても、それだからといつて、被告に原告主張のような責任を生ずるわけはない。すなわち、このような被告公社名を冠した販売部または販売所なる名称を便用させることも、直ちにそれだけの理由では、被告自体の取引かのような外形を作り出したことにはならない。このような名称は被告又はその地方機関の名称を含むが、直ちに被告又はその機関そのもの、或はその部局を指す表示力があるとはにわかに断じがたい。すなわち、販売部等の名称を附する下部組織を有する一般民間商社などの存することは往々にして見受けられるが、少くとも公衆電気通信事業の合理的、かつ能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備および拡充を促進し、ならびに電気通信による国民の利便を確保することによつて、公共の福祉を増進することを目的として(電信電話公社法第一条)設立された公共企業体たる被告公社においては、本来の組織権限事務内容が法令によつて定められているのみならず、内部各部局の設置も職制で規制され、根拠なくして任意に定め得るものではない。従つて、たまたま「販売部」「販売所」なる名称が被告名を冠して表示されたとしても、一般に公共企業体たる被告またはその下部組織であると、通常の注意力を用いる者をして認識せしむるに足るものということはできない。

第四、被告と工藤、小佐々との間には雇用関係はもとより、被告が物品の購入販売について、同人等を便用、指図、監督したりした事実上の使用関係もない。工藤らがなした本件販売所の運営は被告公社の業務組織外の行為であるから、かりに、工藤、小佐々が原告に対し原告主張の如き損害を加えた事実ありとしても、工藤らのこれらの行為は被告の事業の執行についてなされたということができない。従つて被告には工藤らの不法行為につき損害を賠償する責任はない。

証拠〈省略〉

理由

一、原告が各種衣料品等の販売を業とする企業組合であることは当事者間に争がなく、原告本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したと認められる甲第一号証の一乃至三二、同第八号証の一、二と原告本人尋問の結果を総合すると、原告が訴外工藤正城、同小佐々辰男を通じ、販売部に対し昭和三〇年九月一八日頃から同年一二月末頃迄の間に原告主張のとおり衣料品調味料等を代金支払期は原告主張のとおり定め代金合計六、二九二、四〇〇円で売渡したこと、小佐々より原告主張の如く合計金一、三六六、四四〇円の入金があり、右売掛代金中原告において原告主張の如く合計金四三、〇〇一円の値引をしたので右売掛残代金は金四、八八二、九五九円であることが認められる。

二、本件取引行為の主体は被告公社か。

本件取引当時、本件販売部が西宮市上大市一丁目一一一番地甲東園職員宿舎敷地内にあり、被告公社近畿電通局長が「職員の厚生福利及び昭和三〇年度事業運営実施方針に基き生活合理化の一助として集会所並びに生活物資販売所を施設すること、施設の管理は近畿電通局において行い、運営は部外者に委嘱しその独立採算制とする。施設の利用は原則として部内職員とする、販売所は委嘱者に無償便用せしめる等」を内容とする甲東園職員集会所運営方針を立て、工藤との間に右方針に基く昭和三〇年一一月一日付「甲東園職員集会所施設運営請負契約書」と題する契約書を取交したこと、右契約書には請負金額を無償とし、工藤は集会所の運営に関すること、生活物資販売所の運営に関すること、右に附帯する事項について業務を行う、前記業務の細部についてはすべて右局長の定める運営方針及びその指示に基き忠実に実施するものとする(二条)、生活物資の販売料金等は局長の指示または承認を受けなければならない(四条)、工藤は毎月一〇日迄に前月分の運営状況を局長に報告するものとす(一〇条)、局長は随時その運営状況について工藤より報告を徴し又は職員をして調査を行はしめることができるものとする(一一条)等の条項が明記されていることは当事者間に争がなく、証人改森利夫(第一、二回)、同工藤正城の各証言によれば、被告公社は昭和二九年一一月頃西宮市上大市一丁目に鉄筋コンクリート四階建の職員宿舎(甲東園宿舎)を建設し、公社職員を入居させたが、同宿舎一帯は日用品類が市価よりも高いので、入居した職員に対し安価に日用品類を供給する方法を考えていたところ、たまたま工藤よりこのような施設の運営を希望する旨申入れて来たので、被告公社では同人の申出を容れ(右宿舎中の一戸(一世帯分)を提供することになり、工藤は小佐々を使用人とし、同人に物資の購入、販売に関する一切の件を委任し、一時同所で生活物資の販売を営んでいたが、昭和三〇年秋頃本件集会所の建物が設けられると共に同所階下に移つたのであるが、工藤と被告公社近畿電通局長間の前記甲東園職員集会所施設運営請負契約書はその際取交されたものであること、販売所における物資の購入並に販売については当初より工藤の計算関係において行はれていたものであること、右契約書中に販売所の運営の業務の細部についてはすべて近畿電通局長の定める運営方針及びその指示に基き忠実に実施するものとするとの規定が設けられているけれども、局長は前記甲東園職員集会所運営方針中に一般抽象的な方針を規定したにとどまり、それ以上例えば品目又は物資の仕入価格等についてまで経営主体として具体的な個々的指示或は細目的な定めを与えたことはないこと、又右契約書中には運営状況の報告義務について前記のような条項が設けられているが、その収支関係或は損益関係を明らかならしめるためのものではなく、販売所開設の目的に反しない様監督する必要に出たものであり、物資の購入関係まで報告せしめる趣旨ではなく現にかる報告をなさしめたことはない等の事実を認めることができる。

以上の事実によれば、販売所の開設自体は、被告公社の地方機関たる近畿電通局がその職員の厚生に関する業務執行の一部として行うことになつたのであるから、右販売所における厚生業務自体の主体は被告公社であると謂はなければならない。しかし、このことと、販売所において右業務の運営として行はれる物資の仕入又は販売等の取引行為の法律上の主体の問題とは、区別して考える必要がある。被告公社が被告主張の如き業務を営むことを目的として設立されたものであることは日本電信電話公社法第一条に明記するところであるが、被告公社と雖もその活動範囲が右固有の業務に限定されるものではなく、右目的を達成するために必要な業務を亦これを行ひ得る(同法第三条)のであり、その地方機関たる近畿電通局(日本電信電話公社職制第二六条)は本社の定めた基準に基き所管の機関を管理して、職員等の厚生に関する事務を行うこと(同職制第二七条七号)なし得るから、右厚生に関する事務の一環として、公共企業体がその建物の一部において部外者をして生活物資を販売させるための物的設備を設けること或は建物の一部を部外者に右の目的で提供する程度のことは妨げないと解せられるけれども公共企業体自らその建物の一部において生活物資の販売を行ひ或はその目的のために物資を購入する事業を営むことは、たとえ販売の対象を職員に限り、営利を目的として行うものではないにしても、事の性質上公共企業体の存在目的に反する嫌いがあるので自ら行はず、右取引行為は公共企業体にあらざる別途の機関又は部外者にこれを行わしめるのが通常である。本件の場合は販売業務の運営は、工藤の責任と計算において行うべく同人に委嘱されたのであるから販売部における物資の仕入等の取引行為の主体が工藤であることは疑を容れる余地がない。前記契約書中に、種々運営上の条件或は監督に関する規定が設けられているのは、公共企業体がその建物の一部に提供し営業をなさしめるのは公共企業体の存在目的に反しない場合に於てのみ許されるのであるから、販売所開設の目的に反する様な運営が行はれることがないようにとの配慮に出てた一般監督上の措置に過ぎず、被告公社の側において自ら経営主体として工藤らが行う販売所における個々の取引行為について具体的指示監督を行つていたものでないことは前記のとおりである。右契約書の内容並に販売所の運営の実態は販売所における取引行為の主体についての前記認定を左右するものではない。又原告は(1) 工藤は現に「近畿地方生活必需品販売所」なる名義を用いて近畿電通局長に業務報告書を提出している(2) 原告が売却した本件物品は、いずれも「電信電話公社近畿電気通信局近畿地方生活必需品販売部小佐々辰男」なる名義をもつて受領されている、(3) 更に近畿電通局においては、工藤が販売所に「電信電話公社近畿電気通信局近畿地方生活必需品販売部」と表示した看板を掲げている事実を知りながら、これを認容していた旨主張し、右(1) の事実は成立に争なき甲五乃至七号証により昭和三〇年五月六日、同年六月六日、同年七月六日各現在の販売所における業務報告につき原告主張の如き名義でなされていることが認められ、(3) の事実は原告組合代表者本人の供述(第一回)により成立を認め得べき甲第一号証の二乃至三二により認めるとが出来(3) の事実中販売所において原告主張の如き表示のある看板(机に入る程度)を掲げていた事実は、原告組合代表者本人の供述(第一、二回)、証人改森利夫の証言(第一回)の証言によりこれを推認することが出来るが、被告公社の側に於て工藤に対し右名義を用いて第三者と取引をなすことを承認したと認むるに足る証拠がなきのみならず右の各事実はいずれも販売所に二、工藤らは販売所における取引につき、被告を代理すべき権限を有していたか。

原告は、近畿電通局長より販売所の経営即ち同所における物資の購入、販売という法律行為を工藤に委任したのであるから局長のなした右委任行為には必然的に右取引行為について代理権の授与を伴はざるを得ない旨主張する。販売所における物資の仕入又は販売行為自体を委嘱者の業務として処理すべき場合、換言すれば、生活物資の仕入自体或は仕入れた物資の所有権を被告公社に帰属せしめること又は右物資の販売行為自体或は販売による代金請求権を被告公社に取得せしめることが工藤に対する委嘱の内容であれば、正に原告主張の如く理解するのが相当であろう。しかし、本件の場合は、物資の購入面については被告公社は何ら関与せず、差し当り、被告公社の宿舎に入居している職員家族にその附近一帯の相場より安価に日用品を供給することが販売所開設の目的であつたことは疑なく、物資の仕入面については受嘱者において本来の力量を発揮すべきところで、被告公社とは関係なく自己の責任と計算において行うべく、このことは工藤と近畿電通局長間の前記契約内容とした独立採算制の意味するところである。

されば、法律行為をなすことを委任した場合は代理権授与を伴うとの一般論をもつて、被告公社が販売所の運営を工藤に委託したからといつて、直ちに、販売所における個々的な取引行為についてまで代理権を与えたものと解すべしとなす原告の右主張は本件の場合には適切でなく、採用できない。

三、民法一一〇条による主張について、

原告は、「工藤は前記の代理権を有していないとしても、近畿電通局長より販売所の運営業務の執行を委嘱されたのであるから、その限りで、何らかの代理権が与えられていた」と主張するけれども、工藤は、委嘱を受けた範囲内で委嘱の趣旨に反しない限り独自の立場で業務を行い得る立場にあつたのであるから、委嘱の趣旨に照しその際工藤は如何なる意昧においても被告より代理権を与えられていないと解するのが相当である。のみならず原告において、工藤が販売所における個々的取引行為についても亦被告を代理すべき権限を有していたと信ずるにつき正当な理由があつたと認むるに足る証拠はない。即ち原告組合代表者本人は、「工藤の使用人たる小佐々は昭和三〇年八月頃原告組合代表者に対し日本電信電話公社近畿電通局生活必需品販売部主任との肩書を表示した名刺を示し、自分は販売所の経営につき被告公社より任されており、工藤は日大の理事で被告公社の幹部の人ともじつ懇で信頼すべき人格者である、被告公社では職員の要望に基き此の度モデルケースとして生活物資を安価に供給するため理想的な生活必需品販売部を経営することになり、共済会でやるか、労働組合に引受けさせるか種々検討の結果被告公社自ら経営することになりその運営を部外者たる工藤に任されたものである。毎月一回被告公社に業務報告をすることになつている等説明して原告に取引方を申入れたので原告は現地を確かめに趣いたところ、西宮市甲東園に新設の鉄筋コンクリート四階建の宿舎が建つて居り、その中一棟の一戸に近畿電気通信局生活必需品販売部と表示した看板が掲げてあるのを確認したので小佐々の言を信じ取引を開始した。同年一一月頃工藤と共に近畿電通局に赴き工藤が局長室に入るのを見届けたが、その際工藤からも小佐々の話と同様の話を聞いた上被告公社では総裁の決済もすみ予算も組んであるので近く販売所の建物も出来上る旨聞かされたのでまた現地に趣き半ば立ちかけている販売所を現認した。販売部においては被告公社の備品を便用して居り工藤らの言動には微塵も疑を持たなかつた」旨供述するけれども、右は要するに販売部の場所の確認と工藤らの言を盲信したというに帰し、原告組合代表者本人の供述によるも、同人は被告公社の側の人については何人に対しても物資は被告公社が直接買受けるのかどうかにつき確めていない。原告は、かゝる場合に果して工藤に正当な代理権があるかどうかを被告公社につき調査することは難きを責むるものであると弁疏するけれども、原告は工藤が被告公社の職員ではなく部外者であることは当初より承知していたのであり、被告公社と取引する意思であつたならば工藤の代理権を確かめるべくこれを被告公社につき調査することは容易に出来た筈である。然るにその挙に出でず、結局前記事情によつて工藤に代理権ありと原告が信じたのは到底正当な理由によるものと認められない。よつて原告の民法一一〇条による主張も亦採用出来ない。

四、民法一〇九条並に商法二三条による主張について

販売所に原告主張の如き看板をかゝげていたことがある事実は既に認定したところである。原告は被告公社において右の事実を知りながらこれを認容していたと主張するけれどもこれを認むるに足る証拠はない。即ち、証人改森利夫の証言(第二回)によれば、近畿電気通信局においては、甲東園所在の集会所及び販売所の建物の管理については事実上工藤に委任していた外同宿舎の管理につき現地に正式に委任した責任者を置いていた訳ではなく、宿舎一棟(二四世帯)毎に修理個所の連絡程度の事務を取扱う療長を置いていたに過ぎなかつた事実が認められるので右の事情だけでは被告公社において工藤に対し原告主張の看板を掲げることを許容したとは認め難い。

従つて被告公社が他人に代理権を与えた旨を表示したと謂うことが出来ない。又前叙により明らかな如く、被告公社が自己の名称を使用して営業をなすことを工藤に許諾したと認むべき証拠もないから、民法一〇九条、商法二三条による主張はいずれも採用できない。

四、民法七一五条による主張

近畿電通局はその職員の厚生に関する業務の一環として本件生活物資販売所を開設し、工藤に委嘱して同人をしてその運営業務を行はしめたのであり、工藤は小佐々を使用し販売所における取引行為について一切の権限を同人に与えたものであるが使用者よりの個々的指図を受けることなく一応独立してその業務を行うものは民法七一五条にいう被用者には該当しないと解すべきところ、既に判断した如く、工藤が販売所において行う取引行為のうち、販売行為については品目の種類、価格等につき一般的な監督を受けるけれども、仕入の面については被告公社より何等指揮監督を受けることなく独自の責任と計算においてこれを行うべき地位にあつたのであるから、同条の適用については工藤らは被告公社の被用者に該当しないと謂はなければならない。よつて工藤らのなした原告主張の行為につき不法行為が成立するかどうか、其の他の点につき判断を加えるまでもなく既に右の点において同条の適用による原告の主張は採用出来ない。

以上の通り、原告の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎)

別表一(売渡表)、二(内払表)、三(値引表)〈省略〉

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